マタギの里は青森の反対側にある
西目屋のマタギと白神山地のブナ林は実在する。それは青森の西側であり、新郷やキリストの墓の周辺ではない。
マタギは実在する。その踏み跡をキリストの墓の周辺に描いた地図は実在しない。新郷村は青森南部、十和田湖の東、三戸郡に位置し、国道454号が湖と八戸を結ぶその上にある。山の猟師たちは県の反対側、白神山地のブナの下にいる。
県が言う森とは何か
青森県は白神山地を、青森南西部から秋田北西部にかけて広がる約13万ヘクタールの山地と説明している。そのうち原生的なブナ林16,971ヘクタールが1993年12月に世界遺産に登録された。青森県側の登録面積は12,627ヘクタール。この数字は県の白神山地ページ(2025年2月26日更新)に記載されている。
同じ森についての遺産エッセイは、ブナを約8,000年の歴史を持つ景観として扱い、1993年に屋久島とともに日本初の自然世界遺産として登録されたと記している。エッセイの主題は新郷ではなく、その西の森で生きる人々だ。
目屋マタギ
そのエッセイは彼らを「目屋マタギ」と呼ぶ——中津軽郡西目屋村のマタギだ。工藤茂樹(白神マタギ舎)の言葉を引いており、彼は「マタギとは厳しい掟のもとで狩りをする人々であり、白神山地を猟場とするものを目屋マタギと呼ぶ」と述べている。幼い頃から大人の後をついて山を歩き、猟と食の保ち方を学んだとも語っている。同ページには、旧来の暮らしを続ける人が減ったために同団体が発足し、現在はガイドとして活動していることも記されている。
エッセイに記されている団体概要:白神マタギ舎、青森県中津軽郡西目屋村田代字神田104-36、電話0172-85-2628、目屋マタギが暮らしの継承と案内を目的に2000年設立。古津軽・西目屋の物語は彼らの一年を彼らの言葉で記している:春の山菜、夏のシダと魚、秋のキノコ、冬の野ウサギとヤマドリ(必要な分だけ)、そして雪解け後のクマ——撃つのではなく「山からいただく」もの、として語られる。
同じ古津軽のページには、かつてのマタギの頭領が語ったとされる言葉も引用されている——あくまでそのページに記載された言葉として:害のない獣でも仕留めなければならない、一発で仕留めなければならない、猟のたびに鬼になる——「また鬼」——それがマタギという言葉の由来だ、と。これはそのページに記載された伝承として扱うこと。語源として確定した事実でもなく、戸来に関する話でもない。
県境を越えた秋田側については、同エッセイが北秋田の阿仁マタギと、その猟師たちをモデルにした熊谷達也の小説『邂逅の森』(2004年山本周五郎賞・直木賞受賞)を紹介している。それは秋田だ。三戸郡ではない。
距離が事実だ
これらの出典のどこにも、キリストの墓を中心とした狩りの曼荼羅はない。新郷の道で白髭の異人に出会う話もない。イエスの伝説を狩猟の家系に手渡す話もない。墓は戸来、新郷の公開観光地だ。マタギは西目屋と、その先の阿仁にいる山の文化だ。ひとつの県が両方を抱えている。それは地理的な事実であって、系譜上の事実ではない。どちらへも行ける。しかしどちらの村も、もう一方を自分のものとして主張してはいない。
出典
- 白神山地とは — 青森県:面積、1993年12月登録の16,971ヘクタール、青森県側12,627ヘクタール。
- 白神山地の森と生きる マタギの伝統をたずねる — 目屋マタギ、工藤茂樹の言葉、白神マタギ舎、阿仁マタギ、2004年の小説。
- マタギの暮らしと仕事、白神山地を感じる — 季節の暮らし、「又鬼」の言い伝え。
- 新郷村の概要 — 青森南部、十和田湖東、国道454号沿い。